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【イギリス・ロンドン】英国の歴史と信仰が息づく聖地!世界遺産の「ウェストミンスター寺院」を訪ねて
目次
世界遺産の「ウェストミンスター寺院」へ
2025年4月、王国の歴史と精神が凝縮された特別な場所「ウェストミンスター寺院(Westminster Abbey)」を訪れました。
国王の戴冠式や国葬が執り行われるウェストミンスター寺院は、イギリス王室と深く結びついた歴史的建造物。11世紀にエドワード懺悔王によって創建されて以降、歴代国王の戴冠式が行われてきたこの寺院は、1987年にウェストミンスター宮殿、聖マーガレット教会とともに世界遺産に登録されています。
内部には、王侯貴族をはじめ、科学者アイザック・ニュートンやチャールズ・ダーウィンなど英国を代表する偉人たちが埋葬されており、荘厳なゴシック建築の礼拝堂をはじめ、聖歌隊席、回廊、チャプターハウス、サイエンティスト・詩人のコーナーなど、多くの見どころがある英国の国民的聖堂です。

アクセスは、最寄り駅の「ウェストミンスター駅(Westminster Station)」から徒歩約5分。ビッグ・ベンの相性で知られる時計塔(エリザベス・タワー)を有する国会議事堂「ウェストミンスター宮殿(Palace of Westminster)」のすぐ西隣に位置します。
※チケットは、公式サイトから入場日時を指定して事前予約・購入が可能です。

重厚な柱と美しいアーチの「身廊」
荘厳な門をくぐると、天井高く伸びる重厚な柱と美しい装飾のアーチが迎えてくれます。列柱の間には歴史を物語る彫刻や記念碑が静かに並び、床にはアパルトヘイトと闘い赦しと和解を導いた「ネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)」( 1918–2013)の、「赦し(FORGIVENESS)」「和解(RECONCILIATION)」という言葉が円形に配され黒い石板も見られました。

由緒ある「戴冠式の椅子」
1308年、エドワード2世の即位のために制作されたという「戴冠式の椅子(The Coronation Chair)」は、以来、歴代イギリス君主すべての戴冠式で使用されてきた由緒ある椅子。かつては、スコットランド王の戴冠式に用いられた「運命の石」が組み込まれ、国王の権威と統一の象徴とされていました。
この石は1296年、スコットランドに勝利したイングランド王エドワード1世によって奪われ、椅子に納められましたが、1996年にスコットランドへ返還され、現在はエディンバラ城に収蔵されているとのことで、まさに「運命の石」と呼ばれるにふさわしいエピソードです。

偉大な科学者たちが眠る「サイエンティスト・コーナー」
身廊の先には、「アイザック・ニュートン(Isaac Newton)」(1642–1726)の墓碑モニュメントがあり、その近くに進化論で知られる「チャールズ・ダーウィン(Charles Robert Darwin)」(1809–1882)、宇宙の起源やブラックホールの研究で名高い理論物理学者「スティーブン・ホーキング博士(Stephen Hawking)」(1942–2018)の遺灰も埋葬されています。

荘厳なゴシック様式の「聖歌隊席」
ニュートンの墓碑モニュメントの中央を抜けると現れるのが、通路の左右に木製の座席が整然と並ぶ「聖歌隊席(Quire)」。高い天井が続く荘厳なゴシック様式の空間で、赤いランプが印象的です。日常的なミサから王室の戴冠式や結婚式まで、数々の儀式で使われてきた空間で、金色に輝く繊細な装飾や尖塔状の彫刻が、寺院の長い伝統と格式の高さを物語っています。

厳粛なる祈りの中心 「主祭壇」
聖歌隊席の奥、聖域の中心に位置するのは、ウェストミンスター寺院で最も神聖な主祭壇(High Altar)。壮麗なゴシック様式の装飾が施された礼拝の中心部であり、英国王の戴冠式や結婚式、葬儀など、重要な典礼が「コスマティ床(Cosmati Pavement)」と呼ばれる場所で執り行われます。

テューダー王朝の栄光「 ヘンリー7世礼拝堂」
主祭壇の先に広がるのは、ウェストミンスター寺院の中で最も華麗と称されるヘンリー7世礼拝堂(Henry VII’s Lady Chapel)。天井には、精緻を極めた扇形装飾のファン・ヴォールトが張り巡らされ、上部の壁にはガーター勲章の騎士たちの紋章旗が色鮮やかに掲げられています。大きなステンドグラスから差し込む柔らかな光がそれらを照らし出し、堂内には荘厳で幻想的な雰囲気が漂っていました。

礼拝堂の大墓碑「ヘンリー7世&エリザベス・オブ・ヨーク」
礼拝堂の最奥に安置されているのは、「薔薇戦争」を終結させテューダー朝を開いた国王ヘンリー7世(Henry VII)と、その王妃エリザベス・オブ・ヨーク(Elizabeth of York)の大墓碑。ヨーク家の出身であるエリザベスとの結婚は、長く続いた王家間の対立を終わらせる象徴的な出来事であり、この結びつきがテューダー朝の安定、そして後のヘンリー8世による宗教改革へとつながっていきました。この礼拝堂には、ほかにもテューダー朝の主要な王族たちが埋葬されています。

合葬された異母姉妹の墓碑「メアリー1世&エリザベス1世」
こちらはヘンリー8世の娘で、最初の王妃キャサリン・・オブ・アラゴンの娘「メアリー1世(Mary I)」(1516–1558)と、2番目の王妃アン・ブーリンの娘「エリザベス1世(Elizabeth I)」(1533–1603)が共に埋葬された墓碑。両者の合葬は、対立した姉妹を象徴的に和解させる意図があったとされ、ジェームズ1世の命により1606年にエリザベス1世の墓をメアリー1世の墓の上に安置したそうですが…、姉メアリーの上に妹エリザベスを重ねるというこの配置には、どこか死後までも複雑な因縁を感じさせます。
なお、ヘンリー8世の墓はウェストミンスター寺院ではなく、ウィンザー城の聖ジョージ礼拝堂(St George’s Chapel)に、唯一男子のエドワード6世をもうけた3番目の妻ジェーン・シーモアとともに葬られています。父ヘンリー8世の死後、9歳で即位し15歳で病死したエドワード6世の墓は、ウェストミンスター寺院内のヘンリー7世礼拝堂に埋葬されています。

▼英国の歴史を肖像で辿ることができる美術館「ナショナル・ポートレート・ギャラリー」についてのブログ記事はコチラです。
※NPGのポートレート(写真は左から「メアリー1世」「エリザベス1世」「エドワード6世」)
スコットランド女王「メアリー・ステュアート」
メアリー1世&エリザベス1世の墓碑の近くには、「メアリー・ステュアート(Mary Stuart)」(1542~1587)の墓碑があります。メアリー1世と混同しがちですが、メアリーはエリザベス1世の王位を脅かす存在として捕らえられ、19年間の幽閉後に処刑されたスコットランド女王です。
メアリーの死後は、息子の「ジェームズ1世(James I)」(1567-1625)がスコットランド王として即位。カトリックだった母メアリーとは対照的に、ジェームズは王権神授説を唱え英国国教会(プロテスタント)を支持した君主で、子を持たずに没したエリザベス1世の後を継ぎ、イングランド王を兼ねることで両国を統一。これが、18世紀に成立するグレートブリテン王国の礎になったといいます。以後のイングランド王、スコットランド王、グレートブリテン王、そして連合王国の王たちは、すべてメアリーの直系子孫なのだそうです。
カトリックのメアリー1世とメアリー・ステュアート、そしてプロテスタントでメアリー1世の異母姉妹にあたるエリザベス1世と、メアリーの息子ジェームズ1世…。この複雑怪奇な構図が、信仰と権力をめぐる確執と、さらなる壮絶な闘争を生み出したのでしょうか。形を変えながらも、争いはいつの世にも存在するもの。人はなぜ、完全な調和を見いだせないのだろう…ふとそんなことを思った一幕でした。

文学の偉人たちが眠る「詩人コーナー」
回廊へ向かう途中の寺院の南翼廊に「詩人のコーナー(Poets’ Corner)」があります。訪問者たちが床の墓標の上を平然と歩いていく光景は、日本人の感覚からすると少し違和感を覚えますが、ここは文学を通して英国の精神と文化を築いた人々を讃える場所。シェイクスピアやディケンズをはじめ、英国文学を代表する作家や詩人たちが埋葬されています。

中庭を囲むようにつくられた「回廊」
修道士たちが読書や学び、瞑想など、多くの時間を過ごしたという「回廊(The Cloisters)」(各回廊の長さは約30m)。当時は修道院で最も賑やかな場所のひとつで、壁には絵画が描かれ、天井からはランプが吊り下げられ、冬には石の床やベンチに干し草や藁が、夏にはイグサが敷かれていたといいます。

修道士たちの会議室「チャプターハウス」
13世紀に建てられたという「チャプターハウス(Chapter House)」は、修道士たちが集まり議事を行った八角形の会議室。中央から伸びた一本の柱が天蓋のようにアーチを支える精緻な造形と美しいステンドグラス、床モザイクが中世建築の華麗さを今に伝えています。

英国最古の扉と「ピクス礼拝堂」
チャプター・ハウスへ通じる通路には、エドワード懺悔王の治世中(1050年代)に設けられたとされる「英国最古の扉(Britain’s oldest door)」(現存する英国最古の建具)があります。また、チャプター・ハウスに隣接する「ピクス礼拝堂(Pyx Chamber)」も、11世紀後半(約1070年頃)に建てられたウェストミンスター寺院で最も古い内部空間(もとは修道士の寝室の下に位置する地下室の一部で、現在も当時の石造天井や扉が残る)のひとつとされています。

ウェスミンスター寺院の日曜礼拝
ウェストミンスター寺院では、平日は朝や正午に短時間の聖餐式が、日曜日には合唱付きの荘厳聖餐式が行われており、後日、日曜礼拝に参加しました。(礼拝は誰でも無料で参加できますが、撮影は禁止です。)
開始の20分ほど前には、すでに西側の入場口前に参加者の列ができていました。時間がきたら案内に従って礼拝堂の席へ進み、一般席の後方に着席。荘厳で静謐な空間に響く美しい聖歌を聴きながら、胸が熱くなるひとときでした。
礼拝スケジュールはコチラ
Westminster Abbey
20 Dean’s Yard, London, SW1P 3PA
カトリック教会の総本山「ウェストミンスター大聖堂」
ウェストミンスター寺院からほど近い場所に建つ「ウェストミンスター大聖堂(Westminster Cathedral)」は、英国カトリック教会の総本山。赤レンガと白い帯状装飾が印象的なネオ・ビザンティン様式の壮麗な建築です。
内部には金色のモザイク装飾が輝き、荘厳でありながら温かみのある雰囲気が漂います。寺院とは異なりカトリックの典礼が行われ、ミサは1日に数回一般にも公開されています。静かに祈りを捧げながら、英国における2つの異なる信仰の伝統を感じられる場所です。

Westminster Cathedral
Victoria St, London SW1P 1LT
あとがき
ロンドンの中心にそびえるウェストミンスター寺院は、英国の歴史と信仰、そして数々の人間ドラマが刻まれたまさに「時の聖堂」。戴冠式の舞台となる壮麗な空間や、偉人たちが眠る静謐な墓碑を歩けば、この国の精神がどのように築かれてきたのかを肌で感じることができます。
周辺には、英国政治の中枢である国会議事堂(ウェストミンスター宮殿)や、ネオ・ビザンティン様式が印象的なウェストミンスター大聖堂もあり、歴史・文化・信仰が交差する特別なエリアです。1日かけてゆっくりと巡れば、ロンドンという都市の奥深さをよりいっそう実感できるでしょう。

