伊勢神宮から「天の岩戸」へ 日本神話に登場する「天の岩戸(あまのいわと)」は、全国にいくつか伝承の地とされる場所があり、三重県志摩市にある湧水「恵利原の水穴(えりはらのみずあな)」も「天の岩戸」と伝わ…
【宮崎・高千穂】神話の舞台を巡るひととき「高千穂神社・天岩戸神社・天安河原」を歩く
目次
神話のふるさと「高千穂」へ
宮崎県高千穂といえば日本神話ゆかりの地。ここでは、天孫降臨の神話に関わる神々を祀る「高千穂神社」から、神話の舞台と伝えられる「天岩戸(あまのいわと)」と「天安河原(あめのやすかわら)」を訪問しました。

神話が息づく静寂の杜「高千穂神社」
まず訪れたのは、高千穂神社。高千穂郷八十八社の総社として、約1900年の歴史を誇る由緒ある神社です。駐車場は神社のすぐ前にあり、アクセスも良好。重厚な鳥居をくぐると、雨に濡れた深い緑の木々がいっそう瑞々しく輝き、灯籠の柔らかな明かりが参道を幻想的に照らしていました。

高千穂神社に祀られているのは、主祭神である日向三代「瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)」、「火遠理命(ホオリノミコト)」、「瓊瓊杵尊(ウガヤフキアエズノミコト)」とその配偶神をあわせた「高千穂皇神(タカチホスメガミ)」、そして神武天皇の兄「三毛入野命(ミケヌノミコト)」とその妻子神、あわせて十柱を祀る「十社大明神(ジッシャダイミョウジン)」です。神話によれば、ミケヌノミコトは東征の途上で一度常世の国へ渡ったのち、再びこの地へ戻り、荒ぶる神々を鎮めてこの地を治めたと伝えられています。
高千穂神社の格式は極めて高く、平安時代の歴史書『続日本後紀』には「日向国最高の御神階」を授けられたことが記されています。皇室や武家からの崇敬も篤く、鎌倉時代には源頼朝が天下泰平を祈願して、畠山重忠を代参させ多くの宝物を奉納したという記録も残る、名実ともに九州を代表する古社です。

天照大神をお祀りする「天岩戸神社 東本宮」
次に向かったのは「天岩戸神社(あまのいわとじんじゃ)」。車を15分ほど東へ走らせると霧に包まれた山々を背景に「天岩戸へようこそ」の看板が迎えてくれました。天岩戸神社は川を挟んで西本宮と東本宮に分かれており、東本宮の境内奥にある御神体の天岩戸は、西本宮の遥拝所から参拝することができます。駐車場は、西本宮前のP1(2024年1月より1回500円)と東本宮前のP2(無料)、そして南へ少し離れた場所にP3・P4(無料)があり、東本宮前の駐車場を利用しました。
この日の空は厚い雲に覆われ、鳥居の先へと続く参道は、昼間でありながらも深い森の影に包まれています。そこには凛とした静寂と、どこか厳かな気配が漂っていました。
森の奥には、根元がひとつに繋がった神秘的な巨木「七本杉」や、社殿の背後から湧き出る御神水など、見どころが点在しており、本来であれば、ゆっくりと境内を巡りたいところでしたが、今回は時間に余裕がなく、参道から伝わる神聖な空気を胸いっぱいに吸い込んだあと、徒歩で天岩戸橋を渡り、対岸の天岩戸神社 西本宮へと向かいました。

神話の主役たちが迎えてくれる「天岩戸神社 西本宮」
東本宮から西本宮へは、歩いて4分ほど。情緒ある門前町を抜けると、入口で日本神話の太陽神「天照大神(アマテラスオオミカミ)」の像が迎えてくれます。西本宮は、「天岩戸」そのものを御神体として拝む聖域となっているため、神話の象徴、そして参拝者を迎える慈愛の象徴として、この入口に佇んでいるのだそうです。
さらに参道の途中には、天上界でもっとも手の力が強い男という名前を持つ神さま「天手力男神(アメノタヂカラオ)」が岩戸を遠くへ投げ飛ばそうとしている、躍動感あふれる像もありました。

天岩戸神社の神明鳥居と注連縄
天岩戸神社の鳥居は、一切の装飾を削ぎ落とした「神明(しんめい)鳥居」で、伊勢神宮などでも見られる最も古く、最も純粋な鳥居の形とされています。この「鳥居」という言葉の語源には諸説ありますが、ここ天岩戸神社には、アマテラスが岩戸に隠れた際、八百万の神々が「常世長鳴鳥(とこよのながなきどり)」を木にとまらせて鳴かせたというお話があり、その「鳥が居た木」が「鳥居」の始まりだという説があるそうです。
この大きな鳥居に掛けられたしめ縄をよく見ると、垂れ下がった「〆の子(しめのこ)」と呼ばれる房が、左から「3・5・7」という本数に分かれているのがわかります。これは「七五三縄(しめなわ)」とも呼ばれ、7本は天神七代、5本は地神五代、3本は日向三代という、日本の神々の系譜を象徴しているのだそうです。この縄1本に、神話の壮大な物語がぎゅっと凝縮されているのですね。

聖域を仰ぐ「天の岩戸遥拝所」
天岩戸神社 西本宮の御本殿裏には、御神体「天の岩戸」を拝する遥拝所が設けられています。こちらは約30分ごとに神職の方の案内で参拝することができ、事前の手続きは不要。所要時間は約20分です。次の集合時間までちょうど5分ほどだったので、集合場所の休憩所で待ちました。
この日、15時の回に集まった参拝者は20人弱。神職の方に導かれ、本殿横でお祓いを受けたのち、専用の扉から遥拝所へと進みました。この先は一切の写真撮影が禁止されています。五感を研ぎ澄ませ、神域の空気を全身で感じながら静かに手を合わせます。

語り継がれる神話の足跡
約5分ほどの遥拝を終えたあとは、一方通行の通路から反対側の扉を抜け、天安河原遥拝所を兼ねた神楽殿の前へ誘導されます。ここで八百万の神々が集まったとされる天安河原の由来や、神楽の持つ重要な意味についてのお話を伺い、案内は終了。静かに解散となりました。
あらためて境内をゆっくり歩くと、本殿の右手に「招霊(おがたま)」と呼ばれる御神木がありました。これは、「天鈿女命(アメノウズメ)」が岩戸の前で舞った際に手にしていた枝と伝えられるもので、巫女が手にする神楽鈴の形も、この木の実を模したものだそうです。また、鳥居のすぐ側に展示されている大きな古代杉の切り株には、しめ縄の本数の由来ともなっている神々の系譜が記されており、この地の長い歴史を年輪とともに感じることができました。
雨音だけがやさしく響く境内で、苔むした石灯籠やしっとりと濡れた木々を眺めていると、その深い緑に包まれた空気が、心の奥までゆっくりと染みわたっていくようでした。

神話と現世を繋ぐ岩戸川沿いの小道
西本宮の裏参道口にある鳥居を出て、神話伝承の地「天安河原」へと向かいます。入口の看板から坂を下ると、勢いよく流れる「岩戸川」が見えてきました。この川は、御神体である「天岩戸」と西本宮とを隔てる神聖な境界。かつては禊(みそぎ)の場でもあったとされ、まさに神話と現世を繋ぐような場所です。

悠久の神話の世界に身を委ねるひととき
太鼓橋から川沿いに続く小道を進み、切り立った岩壁や苔むした巨岩が織りなす渓谷美を眺めながら歩くこと約10分、ついに八百万の神々が集まり相談を重ねたと伝えられる「天安河原」に到着です。間口40m、奥行き30mの大洞窟「仰慕窟(ぎょうぼがいわや)」は、天照大神が岩戸に隠れた際、八百万の神々が集まって神はかりを行った場所とされています。入口の渓谷に渡された注連縄が、この地が聖域であることを静かに物語っています。

天安河原に広がる祈りの積石
河原から洞窟内にかけては、参拝者が願いを込めて積み上げた無数の積石が、あたり一面に広がっていました。石を積むことで願いが叶うと伝えられており、人々の祈りが形となって積み重なるその光景に、神話の地ならではの尊さを感じます。

光に満ちた世界に感謝
注連縄が張られた薄暗い仰慕窟内に一歩足を踏み入れると、外界と一線を画すようにひんやりとした空気に包まれます。神明鳥居をくぐったその奥には、小さな社「天安河原宮」が鎮座しており、祀られている御祭神は、神話のなかで知恵を巡らせた思兼神(オモイカネノミコト)と八百萬神(ヤオヨロズノカミ)です。
薄暗い洞窟と、そこから見える光の世界が織りなすコントラストが美しく、瑞々しい草木が光に透けていっそう鮮やかに際立っていました。光に満ちた世界に感謝の念が湧き起こり、渓谷に響く川の音さえも神々の囁きのように感じられます。時の流れを忘れ、悠久の神話の世界に身を委ねる神秘的なひとときでした。

あとがき
高千穂は、太陽神アマテラスが岩戸に隠れた「天岩戸神話」や、天孫ニニギノミコトが降り立った「天孫降臨」など、日本神話の核となる物語が今も色濃く残る場所。八百万の神々が知恵を出し合い、光を取り戻したという物語は、単なる伝承ではなく、この地の木々や川のせせらぎ、そして人々の信仰の中に脈々と息づいていました。
格式高い高千穂神社と、御神体そのものを仰ぐ天岩戸神社。この2つの聖域を訪ねることができたことは、私にとって非常に贅沢で、大きな意味を持つ時間となりました。何千年も前から変わらないであろうこの地の深い静けさに触れ、自分自身を静かに見つめ直すことができたように感じます。この地へと導いてくれた神話の物語と、ここを訪れる機会を得られたことに、深い感謝を捧げました。
