【カリフォルニア・カーメル】カリフォルニアの歴史が見える「カーメル ミッション」

「カーメル・バイ・ザ・シー」のミッションランチの東を約300mほど行ったところに「カーメル ミッション」があります。四季折々の美しい庭園に囲まれたコロニアルスタイルの教会で、アメリカの指定歴史建造物に指定されています。

※こちらの記事は2013年9月アメブロに掲載したブログを再投稿しています。

カーメルミッションの歴史

スペインが遠く離れたカリフォルニアを支配していた18世紀後半、ロシア帝国の北アメリカ進出の脅威を察知し、しっかりとした拠点を置いてカリフォルニアを統治することが不可欠と悟ったスペインは、先住民族(当時の先住民族の人口は約30万人、100部族以上いたとされる)を改宗させスペイン語を習得させる目的で、宣教師フニペロ・セラ神父(Junípero Serra)の指揮のもとアルタ・カリフォルニアの布教活動を開始しました。

1769年最南端のミッション サンディエゴ デ アルカラ(サンディエゴ)を皮切りに、1823年最北端のミッション サンフランシスコ ソラーノ(ソノマ)まで、カリフォルニアの南北に次々とミッション(キリスト教の伝道の拠点として使われた伝道所)を設立し、その数は全部で21箇所にのぼりました。それぞれのミッションは、馬が一日に走行できる約50km毎に伝道所が配置されたといいます。

中でも幾度となく伝道本部として重要な役割を果たしたのが、こちらの「カーメルミッション(Carmel Mission)」(スペイン統治時代の正式名称は「ミッション サン カルロス ボロメオ デル リオ カルメロ(La Misión San Carlos Borromeo del Río Carmelo」)です。

最初のサンディエゴから2つ目となる「カーメルミッション」が建てられたのがスペインの総督府があったモントレーで、その翌年の1771年、駐屯軍との衝突から宣教師フニペロ・セラ神父により現在のカーメルにミッションが移設されました。

宣教師フニペロ・セラ神父はカリフォルニアにキリスト教を布教すると共に、各ミッションにぶどうの木を植えカリフォルニア一帯にワイン造りを促進させるなど、宣教師の中でも際立った功績がある一方で、自然の恩恵の中で平和に暮らしていた先住民たちを強制的にキリスト教に改宗させ、洗礼を拒否した者たちを殺害(その数は残る文献だけでも洗礼者の3倍以上にのぼる)、更に洗礼させた言語の違う多数の先住民たちを伝道所へ集めミッション建設等の労働力として奴隷化etc…宣教の方法に問題があったとして批判もあり、美しい景観とは裏腹に、カリフォルニア植民地時代の複雑な歴史を反映した悲しい負の歴史が存在します。

スペイン支配からメキシコ支配へと時代が変わり、1846年にはメキシコから独立したカリフォルニアが共和国として独立、2年後アメリカ合衆国の領土となったのち、1850年にカリフォルニアは正式にアメリカ合衆国の31番目の州となりました。

1980年代に入ってローマ教会がフニペロ・セラ神父を聖人に加えると発表、生き延びた先住民の子孫たちによる猛反対があり長い間見送られた末の2015年9月23日、ローマ教皇「フランシスコ」がアメリカを訪問した際、フニペロ・セラ神父は聖人として列聖に加えられました。

「カーメル ミッション」の見学について

カーメルミッションのオープン時間は9時半から17時。入場チケットはミュージアムストアのレジで購入します。(大人$9.5、シニア・子供$5、6歳以下無料)

週末には聖堂でミサが行われ、またミサの合間を縫ってウェディングセレモニーなども行われています。

ミサスケジュール:土曜日17:30、日曜日7:30, 9:15, 11:00, 12:45, 17:30、祝日8:15, 12:00, 17:30

カーメルミッションバシリカの変遷

1771年のカーメルミッション設立当時、木と泥でできていたという教会は、1797年にコロニアルスタイルに建て替えられ、石で造られたカリフォルニア初の教会となりました。

その後1818年にフランス軍からスペイン総督府を襲撃され廃墟のまま残っていた教会ですが1859年にアメリカがミッションをカトリック教会に返したことにより、1884年にカーメルミッションの復元が始まり現在に至ります。

 1937年屋根の修復、1941年兵士宿舎(現在の事務所と食堂)の修復、1943年先住民の子供の収容所(現在のジュニペロセラ小学校)の修復、1946年台所と鍛冶屋(現在のチャペル)修復など、最大の修復期間は1930年初頭から始まりました。


Carmel Mission Basilica

質素なバシリカ内部

中心的指導者としてキリスト教の布教に努めたフニペロ・セラ神父は、カーメルミッションで1784年に亡くなり、この聖堂の祭壇の下に眠っています。

伝道師の衣装

バシリカの奥の部屋に保管された伝導師の衣装。途中、典礼アートやミニチュア工芸品など数々の展示があります。

バシリカ裏のセメタリー

バシリカの裏手にはマリア様に見守られるようにセメタリーがあります。

花と緑に囲まれたコートヤード

美しいコートヤードには、季節毎の花が咲き誇り、その美しい景観は風景画を描く人たちに人気のスポットとなっているようです。

ベルタワーとブーゲンビリア

ベルタワーの白い壁と艶やかなブーゲンビリアの対比が美しく一際目を引きます。

空高く伸びる立派なサイプレスの木々

ツリーハウスができるほどの大きなサイプレスの木が空高く伸びています。いつからこの地に在るのかわかりませんが、太古の昔からそこに存在しているような威厳さ…、まるで精霊が宿る御神木のようです。

何も語ることができないこの木たちは、カーメルミッションの歴史をどのように見てきたのでしょうか…

回廊の前に立つ十字架

1771年8月24日、まさにここがフニペロ・セラ神父によって十字架が建てられたスポットであると記されています。

先住民を改宗する場面が描かれたレリーフ

宣教師が先住民たちを改宗させる場面のレリーフ。このような彫刻や絵画がミュージアム内にもたくさん展示されています。

カーメル ミッション ミュージアム

コートヤードを囲むようにしていくつかのセクションに分かれた「カーメルミッションミュージアム」があり、バシリカに隣接するジョモラチャペルギャラリーには、1924年にジョモーラによって彫刻されたトラバーチン大理石と青銅の精巧なセラ記念慰霊碑などが展示され、ムンラスミュージアムでは、ムンラスファミリーによる当時の工芸品、記念品、美術品などのコレクションが並んでいます。

また、カーメルミッションの修復に関する資料や写真を展示した部屋、セラ神父や宣教師たちが過ごした寝室やリビングなどを再現した部屋も見ることができます。

宣教師たちが過ごした空間の再現

ダイニングや寝室、客間などが再現された部屋。質素ながら必要な物が揃っている当時の様子が伺えます。史実による先住民たちの酷い生活環境からすれば、宣教師たちの暮らしぶりは相当豪華だったようにも見えます。

花と緑に囲まれた静かな教会を見る限り、これほど深く複雑な歴史があったとは容易に想像することはできませんが、カーメルミッションとカーメルの歴史を知ることで、いかにしてカリフォルニアが成り立ったかという歴史をも知ることができ、感慨深いものがあります。

カーメルヴィレッジから徒歩15分ほどの距離なので、カーメルを訪問する際は、足を運んでみてはいかがでしょうか。

Carmel Mission
3080 Rio Road
Carmel, CA 93923