タワー・ヒルからシティエリアの人気スポットへ ロンドン中心部「タワー・ヒル駅(Tower Hill Station)」を起点に、歴史の面影を残す街角や個性的なマーケット、アートに出会える美術館まで、テ…
【イギリス・ロンドン】英国文化の宝庫!歴史の主役に出会える「ナショナル・ポートレート・ギャラリー」
目次
英国の歴史を肖像で辿る「ナショナル・ポートレート・ギャラリー」
「ナショナル・ポートレート・ギャラリー(NPG)」は、ロンドン中心部のトラファルガー広場のすぐ裏手に位置(NGに隣接)し、英国の歴史や文化に影響を与えた人物たちの肖像画・写真・彫刻を展示する美術館。創設は1856年で、1896年に現在の建物が開館し、王族、政治家、作家、音楽家、科学者、そして現代の著名人に至るまで、幅広い形態のユニークな作品の数々に触れることができます。
営業時間は10:30-18:00で、金・土曜日は、21:00まで営業。入場は無料(寄付歓迎スタイル)で、一部の特別展は有料となっています。3年間の休館を経て、2023年にリニューアルオープンしたとあって館内はとても美しく、洗練されている印象です。
各フロア毎にテーマに沿った展示がされており、上階から下階へ降りるにつれて時代が新しくなる構成になっており、館内には、学習施設やショップ、カフェ、ダイニングバー、レストランなどもあります。

テューダー朝肖像・コレクション初期(Floor3)
まずは、テューダー朝(Tudor)の肖像などが展示されているフロア3階へ。ギャラリーは、天窓から自然光を取り入れた特徴的な展示空間です。ここでは、コレクション初期(1300–1850年)の作品、特にヘンリー7世から息子ヘンリー8世、その妃や子どもたちに至るテューダー朝の権力と歴史を物語る貴重な作品群に出会うことができます。

テューダー朝の創始者「ヘンリー7世」
「ヘンリー7世(Henry VII, 1457–1509)」は、1485年にランカスター家とヨーク家の30年に及ぶ権力闘争(薔薇戦争)を終結させ、政治的安定と財政再建に尽力したテューダー朝の創始者。肖像画は端正な顔立ちに鋭い眼差しをたたえ、倹約家として質素な装いでありながら、王としての権威がバランスよく表現されています。
英国国教会を設立した王「ヘンリー8世」
1509年に父ヘンリー7世の後を継いだ、英国でもっとも有名な君主のひとり「ヘンリー8世(Henry VIII, 1491–1547)」は、6度の婚姻を重ね、ローマ教会と決別して英国国教会を設立した王。1547年までの長きにわたり強権を保持し、激しい宗教対立と後継者争いを引き起こした人物でもあります。肖像画は父ヘンリー7世のイメージとは対照的に、広い肩幅、豪華な衣装、堂々たる構えで、その権力と自己主張を余すところなく示しています。

劇的で数奇な運命を辿った「ヘンリー8世の妃たち」
ヘンリー8世は生涯で6人の女性と結婚し、その妃たちはそれぞれが歴史に残るほど劇的で数奇な運命をたどっています。
- キャサリン・オブ・アラゴン:兄アーサー王子(早世)の元妃。ヘンリー8世の最初の妃で長女メアリー1世の母。離婚により結婚生活は終わったが、娘メアリーは後にカトリックの立場から王位を継ぎ、イングランドを統治した。
- アン・ブーリン:エリザベス1世の母。ヘンリー8世との宗教的・政治的な背景も絡み、姦通、近親相姦、反逆の罪に問われ、1536年に斬首されたが、娘エリザベスは後に英国を代表する君主となった。
- ジェーン・シーモア:アン・ブーリンやキャサリン・ハワードの遠縁。エドワード6世の母で、若くして産褥死した。世継ぎの男子を産んだ功績により、6人の王妃のうちジェーンだけがウィンザー城の礼拝堂でヘンリー8世の隣に眠っている。
- アン・オブ・クレーブズ:政治的結婚で王の同意により離婚。外交的意図の強い結婚であった。
- キャサリン・ハワード:アン・ブーリンの侍女だった一人。若く美しい王妃だったが、浮気の疑いで斬首された。
- キャサリン・パー:最期の妃で、ヘンリー8世の死まで生存。生涯を通じて王との関係を比較的安定して保った。
※写真左から「キャサリン・オブ・アラゴン」(メアリー1世の母)、「アン・ブーリン」(エリザベス1世の母)、「ジェーン・シーモア」(エドワード6世の母)

激しい宗教・権力闘争に翻弄された「ヘンリー8世の子供たち」
史実によれば、ヘンリー8世には多くの子がいましたが、流産や死産、乳児期での夭折が相次ぎ、成人まで生き延びた嫡出子はわずか3人です(最初の妃キャサリン・オブ・アラゴンとの間に生まれた娘「メアリー1世」、2番目の妃アン・ブーリンとの間に生まれた娘「エリザベス1世」、そして3番目の妃ジェーン・シーモアとの間に生まれた息子「エドワード6世」)。
公式に認知された庶子としては、愛人エリザベス・ブロートンとの間に生まれたヘンリー・フィッツロイがおり、若くして亡くなるまで高位の爵位を授けられ、王から厚く寵愛されたといわれています。また、愛人となったメアリー・ブーリン(アン・ブーリンの姉)にはヘンリー・ケアリーという息子がおり、父親がヘンリー8世であったのではないかとする説もあります。
アン・ブーリンが処刑された後、幼いエリザベスは母方の親族であるメアリーの夫の実家、ケアリー家に預けられ、メアリー
の子どもたち(ヘンリーとキャサリン・ケアリー)とともに育てられたといわれます。
スペイン王フェリペ2世と結婚した「メアリー1世」、生涯独身を貫きヴァージン・クイーンと呼ばれた「エリザベス1世」、独身のままわずか15歳で病死した「エドワード6世」は、血を分けた兄弟姉妹でありながら、王位継承者であるメアリー1世はカトリック、エリザベス1世とエドワード6世はプロテスタントとして育ったため、宗教的対立が生じ、権力闘争に翻弄されるという悲劇が生まれました。16世紀のイングランドは、この3人の治世を通じて、激しい宗教・権力闘争の時代であったといわれています。
ヘンリー8世の崩御後、エドワード6世が即位すると、側近の入れ知恵でカトリックのメアリーではなく、父王の妹の娘ジェーン・グレイが擁立された。身の危険を感じたメアリーはロンドンを離れるが、エドワード6世の死後、プロテスタントの女王ジェーン・グレイと正統な継承者メアリー1世の間で王位を巡る争いが起こり、メアリー1世が勝利し、ジェーン・グレイは斬首された。
女王となったメアリー1世は、カトリック信仰をイングランドに復興させるためプロテスタントを迫害し、「血まみれのメアリー」と呼ばれた(この異名がトマトジュースを使ったカクテル「ブラッディ・メアリー」の由来とされる説がある)。プロテスタントの反乱を計画した疑いでロンドン塔に約1年幽閉されていたエリザベスは、1558年にメアリー1世が崩御したことで王位を継承し、今度はカトリックへの圧力を強めた。
※写真は左から「メアリー1世」「エリザベス1世」「エドワード6世」

ハノーファー朝肖像 ジョージ3世夫妻(Floor3)
エリザベス1世の死によってテューダー朝は断絶し、王位はジェームズ1世(スコットランド王ジェームズ6世)に移り、スチュアート朝がスタート。その後、ハノーファー家に王位が渡り、1714年にジョージ1世が即位、以降ジョージ3世に至ります。
下写真は、18世紀イギリスの国王夫妻・ジョージ3世(在位1760〜1820)と王妃シャーロットを描いた肖像画。いずれも戴冠式の正装で描かれ、豪華な金糸の礼服と毛皮のマント、王冠や笏など王権の象徴が配されています。

大型集団肖像画(Floor3)
ほぼ実物大の肖像を多数組み合わせたという「ジョージ・ヘイター(George Hayter)」による歴史的場面の集団肖像画です。
「1820年の王妃キャロラインの裁判」1820–1823年頃
1820年の「王妃キャロラインの裁判(The Trial of Queen Caroline)」は、ジョージ4世の妻、キャロライン王妃の不倫疑惑をめぐる上院での裁判を描いた作品。裁判の様子を傍聴人席や陪審員席を含め詳細に再現し、当時の貴族・政治家・著名人の肖像が網羅されています。

「1833年のイギリス庶民院」1833–1843年頃
1833年の「イギリス庶民院(The House of Commons)」は、下院での討議風景を描いたもので、1832年の改革法(Reform Act)後に誕生した新しい議会の姿を記録。数百人の議員が実際の肖像に基づいて描かれており、当時の政治文化を生き生きと伝えています。
この改革法は、より多くの人々に投票権を与え、議席をより公平に分配することを目的としたもので、奴隷制廃止運動の高まりや急進派政治家・労働者階級の活動など、18世紀末から19世紀初頭にかけての社会的変化が背景にありました。

ヴィクトリア時代から20世紀末・コレクション後期(Floor 2)
フロア2では、ビクトリア朝から20世紀末(1845-2000年)に至るまでの、産業化や戦争、社会改革、新しい技術など、急速に変化した時代をさまざまな形で映し出した芸術家たちのコレクションを展示。激動の社会を背景に生まれた肖像表現の広がりに触れることができます。
モダンワールド(1945–2000年)
1948年の国民保健サービス(NHS)導入から1989年のワールド・ワイド・ウェブ(WWW)の発明まで、この数十年間に起こった出来事や変革は、今日の私たちの生活に直接的な影響を与えています。戦後の社会改革は、より寛容な社会へと導きました。1967年以降、男性同性愛は犯罪ではなくなりました。1960年代半ばまでに大英帝国の大部分は解体されましたが、帝国時代の遺産は依然として生き残りました。移民はしばしば人種差別に直面しながらも、英国を豊かにしました。創造性と文化も開花し、「スウィンギング・シックスティーズ」と呼ばれるこの時代は、音楽、ファッション、アートにおける若者の自己表現がブームとなりました。これらの肖像画に描かれている人々の多くは、今もなお英国の生活に積極的に貢献しています。(NPG公式ページより引用)
下写真(ポートレートのみ)は、英国初の女性首相「マーガレット・サッチャー」が演説する保守党大会(1982年)、婚約を記念して描かれた「ダイアナ妃」(1981年)、ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)を発明したコンピューター科学者「ティム・バーナーズ=リー」の等身大に近いブロンズ像(2015年)、反物を手にした英国ファッションデザイナー「ポール・スミス」(1998年)。

アート&ポップ・ミュージックの英国コレクションでは、時代の変遷とともに活躍したアーティストたちのポートレートを見ることができます。

写真左上から、20世紀を代表するロックバンド「ビートルズ」(1968年/ロンドン・ピアヘッド撮影)、「セックス・ピストルズ」(1976年/過激な行動で悪名を馳せたアナーキーなプロトパンク)、「ミック・ジャガー」(1975年/ローリング・ストーンズ創設メンバーでリードボーカル)、「シャーデー・アデュ」(1985年/バンド・シャーデーのボーカル)。
右下の1990年代コーナーでは、「レディオヘッド」(2000年/革新的な音楽性で90年代以降のロックを刷新したバンド)をはじめ、「ビョーク」「ブライアン・モルコ」「PJ ハーヴェイ」「プロディジー」「ネナ・チェリー」「ジャーヴィス・コッカー」などのミュージシャン、さらに「ソニア・ボイス」(現代美術家)、「カズオ・イシグロ」(小説家)、「ヒュー・グラント」(俳優)などのポートレートが並びます。

ウェストン・ウィング 2000年–現在(Floor1/-1)
フロア1の「ウェストン・ウィング(Weston Wing)」には、2000年以降の写真、映像、インスタレーションなど、多様なメディアを通じて、現代のクリエイターやアーティストによる自画像やポートレートが展示されています。
写真左からマギー・スミス(1934-2024)、エリザベス2世女王(1926-2022)、ジュディ・デンチ(1934-)、デビット・ベッカム(1975-)

また、地下1階(フロア-1)には、素敵なアートに囲まれたカフェ「(オードリー・グリーン(Audrey Green)」があり、ドリンクのほかサラダやサンドイッチなどの軽食メニューも楽しめ、鑑賞の合間に休憩しながらくつろぐことができます。

歴史を築く人々 ― グランドフロア (Floor0 / Room33)
鑑賞の締めくくりに訪れたのは、インフォメーションやショップ、大小の展示ルームが並ぶグランドフロア。なかでもルーム33(無料展示)では、英国の歴史を彩った著名人の壁画ポートレートや、現代社会に大きな影響を与える人物の写真が紹介されています。ここでは、歴史的な伝統と現代が交差する、時代を超えた人物像に出会うことができます。
ナショナル・ポートレート・ギャラリーは、肖像を通じて歴史の鼓動を身近に感じられる美術館。アートだけでなく、英国史や文化に関心のある人にもおすすめのスポットです。

National Portrait Gallery
St. Martin’s Pl, London WC2H 0HE
▼隣接する「ナショナル・ギャラリー」についてのブログ記事は下記リンクより御覧ください☆
